ナンパコッタ

例えばそんなナンパ

1声掛け目

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声を掛けるのが好きか?そう尋ねられると黙り込んでしまう。原始的な恐怖。自分を否定される概念的な死の感覚を幾度となく味わうことになる。だけど何故か辞めようと思わない。自分の思い通りにならない虚空に身を委ねる感覚が好きだ。

 

中学生の時、初めて深夜に友達の家に集まってゲームをした。PSOというゲームに熱中してた。家族が寝静まったのを確認してゆっくりと玄関の扉を開ける。新しい何かの始まりだった。家を出た瞬間に頭に電流が駆け巡った。砂嵐のようなノイズが眼前を揺らし軽い眩暈を感じた。自転車に乗りM Dプレイヤーのスイッチを入れる。Hi-STANDARDのStay Gold。補導されないように裏道を自転車で漕いでいった。別になんだってよかった。秘密裏に知らないことに身を投げ出す、日常とは別の刺激的なことに感じた。

高校生の時初めて女の子とセックスした。塾帰り、夜の公園で。セックスがどうとかそんなことはどうでもよかった。自分にとって新しいことに、未知なることに突き進む感じが堪らなかった。ちんちんってどこに入れるの?みたいな。ノウハウというのが昔から好きじゃない、暗中模索の中に興奮がある。〔セックスはこういうもの〕とか〔ドラクエのボスはこう倒す〕とかそうではなくて分かんないことを知っていく過程とかに快感があった。大人になっても深夜にこっそり遊ぶ感覚を探していた。

 

2016年の夏、初めて声を掛けた。ある人のキッカケで。彼のナンパはお世辞にも上手いと言えるものではないだろうが、別にそんなことはどうでもよかった。とにかくやってみたかった。 最寄り駅、平日の昼、ホームに人が2、3人しかいないような惨めな駅だ。セミの泣き声が何重にも聞こえる、汗が吹き出すような暑さ、雲はゆっくりと動いていた。階段を下ってホームを降りると眼前には女の子が立っていた。苺柄の服に、苺柄の靴下に、苺柄のバックに、苺柄の‥そんな女の子だった。天命だと思った。地蔵してたら電車もくる、他の選択の猶予もない、一度足を止めたら2度と声は掛けられないと感じる、震える手足に、心臓が高く鳴り響く、重心を強引に前に傾けて歩いていく。どうせ素面では声を掛けられないだろうとアルコール摂取しておいた。酩酊していた脳に砂嵐のノイズが走り始める。概念的な死の訪れに細胞がざわつく。一歩づつ前に進み、その瞬間が訪れる。色んな信号が脳を駆け巡る、アドレナリンとかドーパミンとかエンドルフィンが弾けてスープのように溶ける、ハイなんだがローなんだか分からない。概念的な瞬間の死の恐怖に、線路に飛び込んで轢かれて死ぬ瞬間のように、時間がゆっくりとすすむ、細胞がざわめき死のカウントダウンが始まる

 

3  脳内で止めろと何かが騒ぎ出す。

2  身体が強張り、硬くなる。

1   全てが無。

 


視界には苺苺苺‥

 

 

「苺大好きなんですね。」

 

視界が固定され、何かが駆け巡る。時間はどんどん過ぎていくのに。相対性理論のもと、一瞬の出来事が凝縮されて、セミの泣き声も、踏切の音も、夏の厚い雲も、うだるような熱気も、空気の揺らぎも止まっていた。

 

「はぁ‥」

 

女は苦笑する。

 

何か一種の通過儀礼が終わったと思った。
声を掛けるための声を掛けた、だからその先はない。その声かけは上手くいかなかったが、あの電気のようなノイズを10年振りに味わえた。「声掛けが好きか?」と尋ねられるとなんとも答えづらいとこもある。心を閉ざして機械的に声を掛けることもできる。ただあの概念的な死を感じて上手く行くかもしれない、上手くいかないかもしれない、でも声を掛けてみようと抗っていくプロセスがなんだか人間ぽくて地蔵も嫌いじゃない。